年収が高い国は、たいてい物価も高い。だから額面の数字だけを見ても、その国で実際にどれだけ暮らせるかは分かりません。では、稼ぎと物価の食い違いが最も大きいのはどこか——それを世界銀行のデータで並べます。
順位の軸に使うのは物価水準です。世界銀行が公表している購買力平価の換算係数を、同じ年の市場為替レートで割った値で、アメリカを1.00としたときにその国の物価が何倍かを示します。1.00を超えればアメリカより物価が高く、下回れば安いという読み方になります。
対象は、2024年の両データがそろい、人口が100万人以上ある140か国。物価水準が高い順に10位まで並べました。
あわせて、その国の稼ぎの水準として一人当たり国民総所得(GNI)を載せています。これは給与の平均そのものではなく、国全体の所得を人口で割った値です。給与だけを国際比較できる公的統計は対象国が限られるため、ここでは140か国をそろえて比べられるGNIを使っています。
※以下、断りのない数値はすべて世界銀行の2024年値です。一人当たりGNIはアトラス法によるドル換算値で、順位は上記140か国のなかでのものです。
| 順位 | 国 | 2024年の物価水準(アメリカ=1.00) | 2024年の一人当たりGNI | 一人当たりGNIの順位 |
|---|---|---|---|---|
| 1位 | スイス | 1.105 | 9万9920ドル | 2位 |
| 2位 | アメリカ | 1.000 | 8万2910ドル | 3位 |
| 3位 | イスラエル | 0.947 | 5万3090ドル | 16位 |
| 4位 | オーストラリア | 0.902 | 6万2680ドル | 8位 |
| 5位 | ニュージーランド | 0.886 | 4万7070ドル | 20位 |
| 6位 | デンマーク | 0.878 | 7万2540ドル | 7位 |
| 7位 | ノルウェー | 0.851 | 10万0030ドル | 1位 |
| 8位 | イギリス | 0.849 | 4万9320ドル | 19位 |
| 9位 | カナダ | 0.840 | 5万4110ドル | 15位 |
| 10位 | フィンランド | 0.816 | 5万1710ドル | 17位 |
この表の読み方はひとつです。物価の順位と、稼ぎの順位が離れているほど「差が激しい」ことになります。物価が3位なのに稼ぎは16位のイスラエル、物価5位で稼ぎ20位のニュージーランド、物価8位で稼ぎ19位のイギリス。この3か国が、今回の10か国のなかでは食い違いが大きい国です。
逆に、稼ぎが物価を上回っている国もあります。ノルウェーは一人当たりGNIが10万0030ドルで140か国中1位ですが、物価水準は7位。額面の高さが物価の高さに食われていない、数少ない国です。
1位 スイス:物価はアメリカの1.1倍。世界で最も高い
スイスの物価水準は1.105。140か国のなかで唯一アメリカを上回り、しかも1割以上高いという水準です。
一人当たりGNIは9万9920ドルで世界2位ですから、稼ぎの高さと物価の高さがほぼ釣り合っています。物価1位・稼ぎ2位という並びは、この10か国のなかでは最も素直な組み合わせです。
言い換えると、スイスの高い年収は「物価が高いぶん名目も高い」という面を含んでいます。額面だけを見て他国と比べると、生活の実感を取り違えることになります。
世界銀行は、物価の差を調整した「購買力平価ベースの一人当たりGNI」も公表しています。スイスはこの値が9万4430ドルで、額面の9万9920ドルより5.5%少ない。140か国のなかで、物価調整後の金額が額面を下回るのはスイスだけです。順位も額面の2位から5位へ下がります。
2位 アメリカ:基準となる1.00。稼ぎも世界3位
アメリカの物価水準は1.000です。これは計算の基準そのもので、世界銀行の購買力平価がアメリカを基準に組まれているためです。ほかの139か国の数字は、すべて「アメリカと比べてどうか」を表しています。
一人当たりGNIは8万2910ドルで世界3位。スイスと同じく、物価2位・稼ぎ3位とほぼ釣り合った関係にあります。
この記事で「物価が高い」と言うときの基準がアメリカである以上、アメリカ自身は差が生じようがありません。ただし国内の地域差は別の話で、この統計は国全体の平均を見たものです。
購買力平価ベースの一人当たりGNIは8万5270ドルで、額面より2.8%多い水準。順位は額面の3位から6位へ下がります。物価が世界2位である以上、調整しても順位は上がらないということです。
3位 イスラエル:物価は世界3位、稼ぎは16位
イスラエルの物価水準は0.947で、アメリカの95%近い水準です。一方、一人当たりGNIは5万3090ドルで140か国中16位。
物価の順位が3位、稼ぎの順位が16位ですから、その差は13。今回の10か国のなかでは、ニュージーランドに次いで2番目に大きな食い違いです。物価はアメリカ並みなのに、稼ぎはアメリカの64%にとどまる、という関係になります。
同じ稼ぎの水準にあるカナダ(5万4110ドル)と比べると、物価水準は0.840対0.947。所得がほぼ同じでも、イスラエルのほうが1割以上物価が高いことになります。
購買力平価ベースの一人当たりGNIは5万6960ドルで、額面より7.3%多いだけ。順位も16位から27位へ、11も下がります。物価の高さが実質の所得を削っている度合いが、はっきり数字に出ています。
4位 オーストラリア:物価4位、稼ぎ8位
オーストラリアの物価水準は0.902、一人当たりGNIは6万2680ドルで8位です。物価と稼ぎの順位差は4で、10か国のなかでは中程度にとどまります。
資源輸出が所得を押し上げている国として知られますが、今回の統計から読み取れるのは、物価の高さが所得の高さにおおむね見合っているという点までです。
近隣のニュージーランドと比べると違いがはっきりします。物価水準は0.902対0.886とほぼ同じなのに、一人当たりGNIは6万2680ドル対4万7070ドル。同じような物価の国で、稼ぎに1万5000ドル以上の開きがあります。
購買力平価ベースでは6万9600ドルで、額面より11.0%多い水準。順位は8位から16位へ下がります。
5位 ニュージーランド:物価5位、稼ぎ20位。差は10か国で最大
ニュージーランドの物価水準は0.886で世界5位。ところが一人当たりGNIは4万7070ドルで20位です。順位の差は15で、今回の10か国のなかで最も大きくなります。
物価はデンマーク(0.878)やノルウェー(0.851)より高いのに、稼ぎはデンマークの65%、ノルウェーの47%にとどまります。「物価は北欧並み、稼ぎはその半分から3分の2」という関係です。
移住先として検討する場合、額面の給与だけで判断すると生活の実感を見誤りやすい国だといえます。
購買力平価ベースの一人当たりGNIは5万4270ドル。額面より15.3%多い計算ですが、順位は20位から32位へ12も下がります。今回の10か国のなかで、物価調整後の順位が最も低い国です。
6位 デンマーク:物価6位、稼ぎ7位
デンマークの物価水準は0.878、一人当たりGNIは7万2540ドルで7位。順位の差は1で、スイス・アメリカと並んで釣り合いの取れた組み合わせです。
北欧の物価の高さはよく話題になりますが、数字で見ればアメリカの88%であって、アメリカを超えているわけではありません。物価水準が1.00を上回るのは、140か国のなかでスイスだけです。
稼ぎの水準は7万2540ドルと、今回の10か国ではノルウェー、スイス、アメリカに次ぐ4番目。物価の高さに対して所得が追いついている国です。
購買力平価ベースでは8万3530ドルで、額面より15.2%多い水準。順位は7位から8位へ、ほとんど動きません。物価の高さと所得の高さが釣り合っている国は、調整しても順位が変わらないということです。
7位 ノルウェー:稼ぎは世界1位。物価より所得が上回る
ノルウェーの一人当たりGNIは10万0030ドルで、140か国中1位です。物価水準は0.851で7位ですから、順位の差はプラス6。今回の10か国のなかで、稼ぎの順位が物価の順位を上回っているのはノルウェーだけです。
物価はアメリカの85%にとどまる一方、稼ぎはアメリカを2割上回ります。額面の高さがそのまま生活水準につながりやすい、この10か国では例外的な位置にあります。
ちなみに同じ北欧のデンマーク(0.878)、フィンランド(0.816)、スウェーデン(0.803)と比べても、ノルウェーの物価は中間的な水準です。
購買力平価ベースの一人当たりGNIは10万8950ドルで、額面より8.9%多い水準。順位は1位から3位へ下がりますが、それでも上位を保ちます。
8位 イギリス:物価8位、稼ぎ19位
イギリスの物価水準は0.849で8位、一人当たりGNIは4万9320ドルで19位です。順位の差は11で、ニュージーランド、イスラエルに次ぐ3番目の大きさになります。
物価はカナダ(0.840)やフィンランド(0.816)を上回るのに、稼ぎはカナダの91%、フィンランドの95%。西ヨーロッパの主要国のなかでは、物価の高さに対して所得が伸びていないグループに入ります。
ドイツと比べると差はさらに明確です。ドイツの物価水準は0.759、一人当たりGNIは5万5090ドル。イギリスはドイツより物価が1割高く、稼ぎは1割低いという関係になります。
購買力平価ベースでは6万2220ドルで、額面より26.2%多い計算になります。ただし順位は19位から22位へ下がる。周りの国がそれ以上に調整で伸びるためです。
9位 カナダ:物価9位、稼ぎ15位
カナダの物価水準は0.840、一人当たりGNIは5万4110ドルで15位。順位の差は6です。
隣国アメリカと比べると、物価はアメリカの84%、稼ぎは65%。物価の差より所得の差のほうが大きく、生活の余裕という点ではアメリカに水をあけられている計算になります。
この差が人の移動につながっている可能性はありますが、今回の統計で確かめられるのは、物価と所得それぞれの水準までです。
購買力平価ベースでは6万4460ドルで、額面より19.1%多い水準。順位は15位から18位へ下がります。アメリカ(8万5270ドル)との差は、額面では2万8800ドル、物価調整後でも2万800ドル残ります。
10位 フィンランド:物価10位、稼ぎ17位
フィンランドの物価水準は0.816で10位、一人当たりGNIは5万1710ドルで17位。順位の差は7になります。
北欧4か国のなかでは、物価も稼ぎも下位です。ノルウェー(10万0030ドル)の半分、デンマーク(7万2540ドル)の71%、スウェーデン(5万8510ドル)の88%という水準にあります。
それでも物価水準0.816は、世界140か国のなかでは10番目の高さです。北欧のなかで相対的に安いというだけで、世界的に見れば高い部類に入ります。
購買力平価ベースの一人当たりGNIは6万5090ドルで、額面より25.9%多い水準。順位は17位から17位で変わりません。物価の高さと所得の低さが、ちょうど打ち消し合った形です。
まとめ
物価水準が1.00を超えるのは、140か国のなかでスイス(1.105)だけです。2位のアメリカが1.000、3位のイスラエルが0.947と続き、10位のフィンランドでも0.816。「アメリカより物価が高い国」は、世界にひとつしかありません。
稼ぎと物価の食い違いが大きいのは、ニュージーランド(物価5位・稼ぎ20位)、イスラエル(3位・16位)、イギリス(8位・19位)の3か国。逆に稼ぎが物価を上回るのはノルウェー(物価7位・稼ぎ1位)だけです。同じ「物価が高い国」でも、その物価に所得が見合っているかどうかで、暮らしの実感はまったく変わります。
そして日本です。日本の物価水準は0.624で140か国中25位、一人当たりGNIは3万7170ドルで24位。物価はアメリカの62%、スイスの56%にとどまります。物価と稼ぎの順位がほぼ一致している点では、スイスやデンマークと同じ型です。
日本の数字が意味するのは、額面の年収を単純にドルへ直して他国と比べると、実態より低く見えるということです。3万7170ドルという額はイギリスの75%ですが、物価はイギリスの74%。この2つを合わせると、購買力という点での差はほとんどありません。同じことは韓国(物価0.594、GNI3万6750ドル)にも当てはまります。
物価が安い側には、インド(0.244)、パキスタン(0.240)、エジプト(0.138)、ナイジェリア(0.119)といった国が並びます。アメリカの4分の1から8分の1という水準です。額面の年収が低くても、国内で暮らすかぎりの購買力はその比率ほど低くありません。年収を国際比較するときは、必ず物価水準とセットで見る必要がある——この記事の数字が示しているのは、結局そこに尽きます。
物価調整の効き方を数字で並べると、日本の位置がよく分かります。購買力平価ベースの一人当たりGNIは、額面と比べてスイスが5.5%減、アメリカが2.8%増、イスラエルが7.3%増、ノルウェーが8.9%増。これに対して日本は54.6%増、韓国は68.5%増、ドイツは38.9%増です。額面をドルに直した数字は、物価の安い国ほど実態より低く見える。日本の一人当たりGNIは額面では3万7170ドル(24位)ですが、物価を調整すると5万7450ドル(26位)になります。
この記事の数値は、次の統計から集計しています。物価水準は、購買力平価の換算係数を市場為替レートで割って算出しました。


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